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前に書いた
「好きな人ができないのは病気だった?」という記事が好評だったので、
今回はその第2弾を書いていく。

(ちなみに第一弾はこちら
 ⇒好きな人ができないのは病気だった?


前に書いた時は、
「不感症」をテーマに書いていった。


それっていうのは、
今まで自分を抑えつけてしまったのが原因で、
体の感情センサーみたいなのがバカになってるって話だった。


今回はそれを踏まえた上で、
もっと自分と向き合う記事になる。

じゃあいこう。


アナタは自分が好きですか?

まず言いたいのは、
「アナタは自分自身のことが好きか?」
ってことなんだ。


いつも俺のブログを見てくれてる人は、
この大切さが少しは分かってくれてるんじゃないかと思う。

人を好きになったりするためには、
何よりもまず自分自身のことが好きでなきゃならない。

これは俺が何よりも体感してることなんだ。


俺は高校くらいの時から、
なんか自分に自信が無くなっていた。

だから自分のことをお世辞にも好きだなんて言えなかったし、
むしろ嫌いだったんだよね。


するとどうなるかっていうと、
そういう自分が嫌いな人は、人の欠点を探そうとするんだよ。
無意識的に。


だから俺は高校の時とかは、
誰を見ても欠点の部分が見えてしまっていた。

欠点の部分が見えてしまうから、
人のことを信頼出来ないし、好きになれなかった。

そしてそういう人は、
誰からも信頼されないし、誰からも好かれない。


人には鏡の法則っていうのがある。


他人は自分を映す鏡であり、
人の事が嫌いになるのは自分が嫌いだから。

人のアノ部分が気になるのは、自分のソノ部分が気になるから。
みたいな感じだ。(心理学的に投影といったりする)


だから好きな人が出来ない人っていうのは、
自分のことが嫌いである可能性が高いんだ。


自分の存在証明を他人に求める人たち

しかも俺が高校のときっていうのは
「自分のために何か頑張る」よりも、
「誰かに評価されたいから頑張る」って感じだった。

勉強も、部活も何もかもね。


これって結局、自分が好きじゃないからだし、
自分に自信がないからなんだよね。

だって自分が好きで自信があれば、
他人に評価されなくてもどうってことない。

そうでしょ?


そりゃ誰だって評価されたいとか
名声欲みたいなのはあるかもしれないけど、
自分の評価くらいは自分でしていいんだよ。

今の俺はそう思う。

だってこれって結局、
誰かの奴隷になるってことだから。


例えば子供とかだったら、
「親に評価されたいから頑張る!」
とかあるけど、

それってヤバいよ、ただの奴隷だよ。


だって親に評価されないことは、
やらないってことでしょ?

例え自分が好きな事で、本当にやりたいことでも、
親に「何バカな事言ってんの!」って言われたら、
その夢は終わりなワケ。

そんなの悲しいと思わない?


あと恋人との関係とかもそうだ。


ちょっとキツイ言葉かもしれないけど、
自分自身のことが好きでもないのに、
誰かを好きなるっていうのはただの欠損部分の埋め合わせなんだよ。

俺はそう思ってる。


そんな関係だったら絶対、
「愛する」なんて無理だから。


どういうことか?


そういう人たちっていうのは、
「愛される」ありきの「愛する」なわけ。

だから条件付きの愛であり、ただのエゴなわけ。

つまりコレって奴隷なわけ。


愛されるため、自分を満たしてくれる人のためだったら
なんでもやっちゃうわけ。

たとえ自分を押し殺しても、愛されるために頑張るわけ。

これってヤバいと思わない?


つまり、自分に欠けている部分の埋め合わせってことなんだ。

本人はそう考えてないかもしれないけど、
「寂しいから、誰かに満たしてもらおう」
みたいな感じ。


そう言う場合って相手からすると
「なんか重いな」って感じたりするんだよ。

そりゃそうだよね、
だって欠けた部分の埋め合わせに使われてるわけなんから。
重いに決まってるじゃん。


自分を好きになるにはどうすればいい?

「じゃあ、自分を好きになるにはどうすればいいんだ!」

そんな声も聞こえてきそうだ。


俺が思うに、自分を好きになるためには、
普段から愛のある人と一緒にいるかどうかは大きいと思う。

愛のある人と一緒にいると、
自分のことを何でも受け入れてくれる。

だから自信が勝手に生まれたりする。


「ありのままのオレでいいんだ」みたいな感じで。

でもさ、そういう人って正直あんまりいないわけ。

残念ながらほとんどいないと俺は思う。


俺はある程度色んな人を受け入れる自信はあるけど、
「完璧か?」って言われたら完璧ではないしね。


じゃあ、どうすればいいか?

それは自分で自分を愛することと、誰かを愛することなんだ。


自分で愛するっていうのは、
自分のあるがままを受け入れるって感じだ。

自分がどんなにアホでくだらなくても、
それが自分なんだから仕方無い。


そういう風に思ってると、
最初はなかなか受け入れるのも難しいかもしれないが、
次第になんだか自分が可愛く思えてきたりする。

そうやってどんどん自分で自分を受けれいていく。


そして自分が満たされてきたら、今度は誰かを愛してみる。

これはつまり誰かのために「ギブ」するってこと。


間違っても自己犠牲じゃないよ?

自己犠牲と愛は全くの別物。


自分が満たされてないのに愛そうとすると、
結局それは自己犠牲になるから。


だからまずは自分を愛する、
自分を受け入れることが大切なんだ。

いい?


多くの恋愛コラムとかでは好きな人ができない原因に
・コンプレックスが強い
・恋愛に臆病
・行動ができない

とか書いてあるけどさ

全部何か付け焼刃的な話だなって思うわけ。

自分をまず受け入れられないと、
コンプレックスが見えるし、自信がないから行動できないんだよ。


だからまず、
どんなくだらない自分も受け入れていこう。


今回の記事の理解を深めたい方は
こちらも参考になります。
一体、なぜ?宗教信者の心理とそのカラクリ


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